小豆島元気ブログ

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2018年01月16日

小正月の伝統行事「とんど」が1月14日の夕方堀越のえべっさん前の浜辺でありました。
昔は子供の行事でしたが、少子高齢化が進み集落の子供が少なくなり途絶えていた「とんど」を10数年前に消防団で復活させ、今では集落のお年寄りから子供までが一つになり楽しむ行事になりました。 そして、寒い時期ですから温かなおでんとぜんざいのお接待を堀越に移住してきた若者と堀越生まれの若者でつくる堀越会が担当しており、地域内に増えてきた空き家活用プロジェクトに取り組んでくれている早稲田大学古谷研究室の若いスタッフも参加して、前日の夜から堀越庵でおでんとぜんざいづくりをして、とんどの組み立て、とんどの運営までを中心になって行っています。
 今年は一日晴れて風もないこの時期にしては暖かな天候にも恵まれ、午後5時からお接待を行い、5時30分から自治会長があいさつをし、来賓の塩田町長さん、そしてこの浜辺に新たな宿泊施設を中心としたプロジェクトを展開する島で一番の人気の宿島宿真里の真渡社長のあいさつをいただいて、とんどに点火しました。
 とんどの火はすぐに勢いよく真っすぐ天に向かって燃え上がり、その火を集まった堀越の人々が心を一つにして見つめ、堀越の里の平安と無病息災を祈念しました。


















2018年01月14日

全国的に冬将軍が到来し寒い日が続いています。
小豆島の銚子渓おさるの国の下にある「銚子の滝」が凍結していると聞き行ってきました。
小豆島にいくつかある滝の中でも有名な銚子の滝ですが地元の人でもなかなか訪れることはないと思いますが、温暖な瀬戸内海で滝の水が凍ることはめったにありません。その自然が創り出す芸術を楽しんできました。








2018年01月02日

あけましておめでとうございます。
小豆島は天候に恵まれ穏やかな新年を迎えました。
今年も島の豊かな自然や歴史・文化、伝統産業等の身近な生活の中にある本物の魅力を発信していきますのでよろしくお願いします。
 新春最初は私の住む二十四の瞳田浦半島の堀越という小さな集落の迎春風景をご紹介します。

堀越荒神さん



金毘羅さん
堀越荒神社の敷地内にある金毘羅さん!
堀越は南に海を持ち小さな入り江にある集落ですが、昔は海運業が栄えていたようです。
ここに海を守る金毘羅さんが建てられています。


狛犬
荒神さんの石段を登ったところに立派な狛犬があります。
寄進年 安政6年(1859年) 
出身地 なにわ
材 質 砂岩製
石 工 不明特徴
寄進者 明曜丸米太郎富村舩水主中(正月家)喜賽丸芳太郎富村舩水主中(壷井家)
特 徴 体長56cm 海に向かってみごとな口を開けて吠えている。浪速狛犬蝦蟇型。かつての    海運業の繁栄を語っている。

 



堀越荒神社から見た堀越分校跡!
 今は校舎はなく運動場として残っています。この写真の正面の隣接した建物が詩人壷井繁治の生家で、奥さんが小説二十四の瞳を書いた作家壷井栄です。壷井栄はここの二階の窓から堀越分校の日々の様子を見ながら、あの小説二十四の瞳の構想を膨らませたといわれています。小説に出てくる岬の分教場の中で子供たちが四年生まで岬の分校に通い上級生5~6年生なると本校に歩いて通っていたことが書かれていますが、それは当時の堀越分校そのものの風景です。
 私の子供の頃は廃校になっていましたが、建物は残っていてここを遊び場にして小さな運動場で手作りのバットで野球をしたり、ビー玉や縄跳びで遊んでいた記憶があります。



堀越の全景



ワンワン石
堀越の西海岸にある犬の形をした大きな岩。堀越では昔からワンワン石と言われています。


堀越の東海岸は砂浜が伸びていて海の守りえべすさんがあり、夏は海水浴場、正月行事のとんどが行われる海を感じながらのんびりとできる住民の憩いの場所です。




2017年11月12日

11月に入り一雨ごとに島の秋が深まりつつあります。
今日は紅葉と渓谷美で有名な寒霞渓へ行ってみました。 麓から車を走らせ最初に行ったのがロープウェイ紅雲亭駅への入り口交差にある猪ノ谷池です。この池の畔から見る紅葉と奇岩の織り成す秋の風景は絵画を見るように美しいものです。


寒霞渓山頂の風景
山頂から島の秋は進んでいますが、山頂には多くの観光客が訪れて秋の紅葉を楽しんでいました。






2017年10月20日

 小豆島の秋祭りが10月11日福田地区葺田八幡神社から16日の池田地区の亀山八幡神社の期間あり、各地区で勇壮な太鼓台奉納がありました。今年は初日の福田地区は快晴の祭り日和でしたが、その後は各地区雨に降られながら肌寒い中での秋祭りとなりました。
 そんな中、16日島の秋祭りを締めくくる池田地区の亀山八幡神社の秋祭りが雨模様の中開催され、早朝から名物の太鼓台を和船に乗せて海から祭りの馬場のある浜辺に躍り込んでくる神浦地区の押し込み(オシコミ)がありました。
 オシコミは明治初期から始まったそうですが、昔は山越えで今のような広い整備された道もなかったでしょうし、島の中では各地区の人やモノの輸送や交流は船による海路の方が便利であったろうと考えられます。このオシコミは一時途絶えたことがあるそうですが、再開され今では島の秋祭りの名物行事として島の内外から多くの見物客が集まっています。

朝8時30分過ぎ、沖に太鼓台を乗せた神浦地区の和船が見えてきました。


オシコミの和船が着く浜辺で赤い被り物の衣装を着た二人の子供が小太鼓をたたきながら太鼓台を迎えます。浜辺には大勢の見物客が待ち受けています。


ゆっくりと太鼓台を乗せた和船が陸に近づいてきます。





船の舳先では赤と緑の頬被りをした踊りてが滑稽なしぐさで踊り、いよいよ浜辺に着岸です。


神浦の太鼓台を乗せた和船が浜辺に着岸しました。漕ぎ手と浜辺で待ち受けていた担ぎ手が力を合わせて、太鼓台を船から担いで降ろし祭りの馬場を目指します。





祭りの馬場に前の浜辺に着いた太鼓台が船から降ろされ、集落の男たちに担がれて鳥居をくぐり秋祭りの馬場に入っていきました。



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