小豆島元気ブログ

ホーム小豆島元気ブログ島の春 二十四の瞳のモデル堀越分教場跡の桜

2015年04月02日

 フェイスブックでは一斉に全国また島のいろんなところの桜が紹介されています。
 小豆島の桜!少し視点を変えてご紹介します。

小豆島を戦後一躍有名にしたのは昭和29年に上映されて大ヒットした監督:木下恵介さん、主演:高峰秀子さんの「二十四の瞳」です。

 映画では田浦半島の先端の田浦分教場を使用して撮影されましたが、壺井榮さんは小説の構想を隣村だったご主人繁治氏の生家の隣にあった堀越分教場をモデルにして作られました。
 壺井榮さんは繁治氏の生家の2階の窓から堀越分校の日々の様子を眺めながら、師範学校を卒業した一人の新米おなご先生と十二人の子供たちのふれあいと時代に翻弄されたそれぞれの人生を物語にして、昭和初期から戦争が終わった昭和二十年の間の島の寒村漁村を舞台にした二十四の瞳の中で「平和の尊さ」を強く訴えたのです。

 



小豆島の東部にある田浦半島のほぼ真ん中にある堀越の集落は、南の海に面した小さな入り江にあり、豊かな海山の自然に恵まれた50戸足らずの島でも高齢化が進んだ地域です。
 堀越分教場の前身は、明治6年に島内各村に小学校が創立された時に、分教場跡の山側にある荒神社に堀越小学校として創立されたようです。
 明治24年 堀越小学校校舎新築
 明治25年 堀越簡易小学校が堀越尋常小学校に校名が改められる。
 明治34年 堀越分教場が全焼
 明治35年 堀越校舎再建築
 明治36年 堀越尋常小学校となる
 明治42年 堀越尋常小学校は苗羽尋常小学校堀越分教場となり、5、6年生は本校へ通学す ることになった
 明治45年 堀越分教場教員住宅一棟建設
 大正 2年 堀越分教場の拡張工事が竣工
 昭和23年 堀越分教場増改築完成
 昭和28年 堀越分教場の運動場を拡張
 昭和34年 堀越分教場 閉校 4月から2キロ先の本校まで1年生から通うようになりまし た。
       正に二十四の瞳と同じ小学校の四年生まで地元の分校に学び、5、6年生は本校に通う小説や映画の世界です。


今も集落を守る荒神さんと五番札所堀越庵の桜
桜の花が咲きだした分教場あとではゲートボールを楽しむお祖母さんとお孫さんの姿がありました。


堀越分校跡の一隅に建てたられた「壺井繁治詩碑」
表面
   「石は 何萬年を 黙って 暮らしつづけた その間に 空は晴れたり 曇ったりした」 壺井繁治

裏面
 壺井繁治は一八九七年堀越に生れ一九七五年東京で病没 萩原恭次郎らと創刊した「赤と黒」は大正詩壇に鮮烈な影響を与えた 壺井榮と結婚 プロレタリア文学活動、戦後の民主文学運動に参加、晩年「詩人会議」の運営に努め、現代詩史に大きな足跡を残した
代表作「激流の魚」「壺井繁治全詩集」 
ここ繁治ゆかりの堀越分教場跡に碑を建て、その業績を長く記念する

 一九八四年十月
                 壺井繁治詩碑 
                    建立発起人一同


四月に入り、島の中で桜が花を咲かせて人々の心を和やかにしてくれています。
 ここ堀越の集落でも桜の花が週末には満開になりそうです。
 ようやく訪れた島の春! 昔も今もこの堀越分教場跡には集落に生きる人々の笑い声と二十四の瞳の物語が静かに生き続けているようです! 


小豆島元気ブログトップ

このページの先頭へ